5月35日、すなわち6月4日は、中国政府が最大級に敏感な「語」だそうである。25年前に天安門事件が起きた日であるが故である。中国では、6月4日とネットに書けば当局に削除される。監視をかわす隠語として広まったのが5月35日だったそうである。(朝日新聞・天声人語より)
わが国で6月4日といえば、昭和3年から昭和13年まで日本歯科医師会が実施していた「虫歯予防デー」が馴染み深い。この呼び名も平成25年度から厚生労働省の通達により「歯と口の健康週間」(6月4日~10日)と名称が変更された。この歯と口の健康に関する正しい知識の普及啓発、歯科疾患の予防に関する適切な習慣の定着、そして早期発見早期治療の啓蒙活動も昭和3年の「虫歯予防デー」に始まり、「護歯日」「健民ムシ歯予防運動」「口腔衛生週間」「口腔衛生強調運動」再度の「口腔衛生週間」そして「歯の衛生週間」等々多くの名称を変えてきた。これに伴って、歯科医師の業務の重心も抜歯を中心とした「外科治療」から義歯や架橋義歯(ブリッジ)等の「欠損補綴」、歯を温存する充填・被覆(インレー、クラウン)治療、そして予防・矯正・審美歯科へと移行していった。
私の学生時代のクラス担任であった押鐘教授が2千ページにも及ぶ著書「医師の性科学」の中で義歯に関して興味ある記述をしておられるので、二点ほど「歯の衛生週間」にちなんで読者にご披露させていただく。
フランスに留学中の日本人の某医学博士が、仲間と一緒に面白い所に遊びに行かれた。そしてクジ引きで当たった女性から、彼は一つの命令を受けた。それをやるのは、フランスでは女性に対するエチケットになっているのだという。仕方がないから、彼はエチケットに従ったところが、毛が鼻の穴に入ったので、大きなクシャミが出てしまった。慌てて行為をやめて見たら、女性の部分に歯が生えている。びっくりしてよく見たら、それは吹き飛んだ自分の局部義歯であったという。この話を聞いた著者はpartial denture に局部義歯という名を付けられた、歯科の先輩学者の先見の明に、全く感心した。(筆者注:欠損補綴・義歯には、主に残存歯がないときに装着する総義歯と残存歯が何本か残っているときに装着する局部義歯とがある。でも、本当かなァ~。筆者には歯科と解らん!)
お酌の磯千代は、まだやっと十六になったばかりだけれど、芸者家業の常道とでもいうのか、それとも親娘ほどに歳の違う旦那の斯道の教育がよろしかったからか、大柄でもあったがひどくませた妓で、そのくせ妙に可憐なところもあった。北の寒い国に生まれた磯千代は、酒もかなり強かったがこんなところで遊ぶ男達にはかなわなかった。酔った彼女は、ふらふらと立ち上がって、そっとお座敷を抜け出そうとした。
「逃げるのかい?」
「いいえ、逃げやしないわ。バルコンへ行ってちょいと頭を冷やしてくるだけ」
露台には物干し台がある。その闇の中に白いものがふわふわしていた。幽霊?そんな馬鹿なことがあるものか。洗濯物を仕舞い忘れたと思ったのが、酔っている磯千代の錯覚だった。その白いものがこちらに歩いてくる。磯千代は一時に酔いが覚めたように吃驚した。「まあ!あんただったの?」
二人は抱き合った。まだ内緒事の恋人らしい抱擁、接吻。その時何が落ちたのか、露台のコンクリートの上で変な物音がした。
「乱暴ね。何か落ちたわ。私の懐中鏡じゃないかしら?」
そんな物音だった。が、それは懐中鏡ではなかった。男の総義歯が、口から飛び出したのである。男はこの待合の板前だった。
男があわてて露台を犬のように這いまわって、その落し物を探しているのを、磯千代はぼんやりとその傍に立って・・・悲しい気持ちで見ていた。(義歯のエロティシズムかな?) 伊藤 克之